5日目。オ◯ニーは時に愛となる。

今日はOFF。

起床してゴミだし→こども達の弁当づくり、部屋の掃除、受診、床ふき、美容室、洗濯物取り込み、夕飯づくり。

主婦だな。

でもこれがいい。

家事を自らやる。

誰かに期待しない事がどんなに快適なのか。

これは明らかにグラウンディングだ。

地に足をつけるということ。

そして、正直に言おう。

今日は発射する。相手はいない。

このブログのタイトルと矛盾しているように感じるかもしれないが、それは違う。

今日も明日も、ただただ快楽に身を任せていた頃のオレとは違うんだ。
捨てたのはあの頃のオ◯ニー。

そこには哲学がある。

おれのオナ禁は進化していく。

発射禁止期間は一応設定したけど、その時その時の状況でそれは変わるんだ。

今回は5日目だけど、
今は筋トレができないコンディションということ。
オレにとり、ムラったときの昇華先は筋トレであり、オナ禁の生命線でもある。

それから、これはあくまで体感的な事なんだけど、精エネルギーを循環させるタイミングだと感じたこと。
後者に関してはよくわからない話かもしれないが、からだの声を聴いたってこと。
今何が食べたいとか飲みたいとかと同じ。からだが今何を欲してるのかを物欲的なフィルターを外して感じるって事だ。

からだが真に求めているものが与えられないとき、そのストレスは膨大なものとなろう。
おれはそいつから自分を守りたい。

オ◯ニーは時に自分への愛となる。